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うつだけど成人していいですか。

うつ状態からのサバイバル演習(仮)

1月12日(木)

1月12日(木)

 

今日はとてもいい日だった。人にとっては大したことがないつまらない一日だったかもしれないが、私にとっては紛れもなくいい日だった。これは自信をもって言えることだ。なぜ、自信があるのか?これは後々触れることとしよう。

 

 

まず、私のこれまでの生活を綴ろうと思う。なぜか?今とても自分で整理したい気分であるからだ。整理するのはとてもいい気分であることだ。こんな気持ちもほんの数日前まで知らなかったというからおどろきである。

 

人というものは元気な状態と元気でない状態の二種類に分かれると思う。

私は素人同然であるからして、詳しくはこれこれこういうことだからこのように定義できるのだ、などとは論ずることはできないが、ご容赦して頂きたい。

そう、元気でないというものは大雑把に言えば、まずお医者様にかかり「あなたは風邪ですね」とか「胃腸炎ですなあ」とか言われ薬を出されることがそれにあたる。しかし、これは分かりやすい事例である。昨今話題によく上る「セカンドオピニオン」という言葉があるように、医療というものはまだ進歩途中にあるからして、病名を伝えられてもそれが100%正しいとは言えないものである。これは諸説ある話題なので深い言及は避ける。

わたくしはお医者様を信頼しているし、実際にわたくしの腹が痛くて死にそうな心持であったところにお薬を処方して頂き助けられたこともあり、批判するつもりは毛頭ない。お医者様もたくさん勉強なさっているのだから、このわたくしも勉学に励まなければとますます身が引き締まる思いである。

 

話が逸れてしまった。

 

気を取り直して、わたくしが何を言いたいかというと、どうにも訳が分からず病名があるのかも分からずうんともすんとも毎日がつらいなあ、しんどいなあと思う「元気がない状態」もあるということだ。

現在ではうつ病自律神経失調症などという病名があるやうであるが、あえてここでは言及を避けたい。なぜか?これはわたくしの実体験に即したものを整理することが目的であるからだ。

 

前置きが長くなったが、これはわたくし自らが整理する目的であったからご容赦願いたい。わたくしは基本的に6歳の物心がつく前から生意気にも自らの頭の上で空想をするのが好きな性分であったから、こうして今も読者様がいらっしゃる前提で文を書いているものである。

 

その「元気のない状態」というものは、わたくしのもとにかれこれ6年ほど続いたのである。

 

これは今から振り返るとずいぶん長いものであったなあと思われる。これを読む(と想像している)方々がどう思われるのかは分からないが、実際に過ごしたわたくしにとっては長いやうで短いものであった。

これというのも、今となっては、登頂した時のやうに晴れ晴れとした気分で下の景色を眺め、客観的にものを考えることができるからである。上っている最中はどうにも苦しい。水が足りずにのどが渇く。水が欲しくても道中には水道など通ってやしない。嗚呼、連絡手段もない。どうしたことか。途中で休むとするか。といったやうに登山中はわたくしにはわたくしなりの考えがあったわけである。休みゞ上っていたらなんと6年。そういうものである。

登り切ってから考えると「あそこには小川が流れていた」などと至極冷静に現場検証でも開いて偉そうに言い切ってみせるものであるが、これはまた奇妙な話で、上っている最中に後ろから来たほかの登山客に同じことを助言されても「なるほど水を汲みに行ける」とは考えないのである。

代わりに考えることは、せいぜい「川に落ちないようにしなければ」くらいなものである。大喜利のやうにとんちを利かせる場でもないのだが、こういう時は素っ頓狂な考えに脳髄が浸っているから、えてして冷静な判断ができない。わたくしが経験した「元気のない状態」はこのようなものであった。

 

6年は長い。正直にここにいる読者様方に打ち明けると、暗闇のやうであった。動かなかったわけではない。わたくしなりに動いた6年間であった。しかし、先ほど述べたやうにわたくしは素っ頓狂な脳髄に支配されていたので、視界も暗闇に支配されたやうなもので、前だと思ってあるいてゆけば壁に当たり、右に行けばお皿を割り、といった調子なのである。

暗闇は怖い。わたくしは昔、中等教育を受けているときに妖怪というものに興味があり調べていたのだが、その中で人は暗い場所、自分の理解が及ばないものに本能的に恐怖を覚えるもので、それに理由を生み出すために妖怪や化け物を作り出す、といったことを学んだ。わたくしの「元気がない状態」にもこれが当てはまるといえるであろう。

暗くて一寸先も見えず、次に動けばどうなるかわからない、といった恐怖心が理性を麻痺させ、本能的に自らを守るために「化け物」を生み出す。その「化け物」がいるからわたくしは動けないのだ、「化け物」が今もわたくしを見張っている、という恐怖心が24時間わたくしをつきまとうのである。

 

「化け物」とは何であろうか。わたくしも今まさにそれについて書きながら思案中なのであるが、言い換えれば「失敗という足枷」であろうか。

 

元来わたくしは負けず嫌いで何事にも一番をとらないと気が済まないたちである。胸を張つて「わたくしは立派でございましょう」などとご近所様方ににこにことご挨拶がしたいくらいの気分である。・・・これは少し誇張したものであるが、こだわりが強く自らの理想を実現することに固執していたことは間違いがないであろう。そうであるからして、わたくしは失敗が許せなかったのである。

これまで失敗したことがなかったわたくしには、失敗したときの状態がさながら地獄のやうで息が詰まる思いであったのだ。それが恐怖を抱くきっかけになり、暗闇に入り込み、動けなくなった。

 

ここで、「暗闇なんて大げさな話、信じられないわ」とおっしゃる読者様方もおひとりお二人ございましょうが、それではあなた方に真っ暗闇に閉じ込められた状況を想像していただきたいのである。恐怖心がわかないであろうか?右を見ても左を見ても何も見えないのであれば、「動かないでおこう」と考えやしないであろうか?

暗闇が怖くないという方は、夜に動く習性を持つフクロウやヤマネコのようなもので、夜目がきかぬわたくしとは違う本能をお持ちなのであろう。恐縮であるが、わたくしにはフクロウの気持ちは分からない。

 

このやうに、恐怖心からの刷り込みでわたくしは「もう何をやってもわたくしは駄目だ」と睨みを利かせてくる「化け物」と24時間暮らすことになったのである。

 

「化け物」はどこにでもつきまとい、消えることはなかった。ひさびさに外出するときも「わたくしのことを皆が見ている」という疑心暗鬼(この慣用句を使ってみて初めて意識したことであるが、ここにも鬼=化け物が隠れているのだ)に囚われていたし、何か一言を口にするときでさえわたくしを制限したのである。あれを言えばこの人はこのやうに考えるだろうか、こう言えばわたくしのことを否定的に見やしないだろうか、などである。

気が狂ったような先入観だと思うだろうが、これはすべてわたくしの中で起こっていた「化け物」との対話である。このころにはもう以前の自分がどのやうに他人と会話を図っていたのかも分からなくなっていた。

 

人とコミュニケーションをとれないことは、大変な苦痛を伴うものである。この当時、状況は悪化するしかなかった。すべての人はわたくしを蔑むであろうと本気で考えていたのである。これも対話の不足からくるものであるが、まだこの時はさらなる自分の自尊心の崩壊を恐れ、動けなかった。

 

自尊心とはなんであろうか?わたくしは大真面目にこの議題について考えていた。いつからか、わたくしは自尊心の不足ということが原因なのではないかと思い至り、自尊心の回復をせねばならん、しかしジソンシンというものがてんでわからぬ、と奮闘していたのだ。

 

わたくしは大学にて哲学に関する講義を取っていた。そのなかでヤスパースの考えに触れる機会があった。触れた時期は、振り返るとまだ6年間の闇の最中であり、詳しく言えば去年の秋ごろであった。

大学1年生まで山をなんとか登ってきたわたくしは闇の中ながらも動いてみたのだが、やはりうまく続かずに登るのは諦め、夏季休暇という長い山小屋生活を経て、また登ろうと出てきた時分であった。

 

その時は「こういう考え方もあるものだなあ」とその他の勉学と同等に捉えていただけであったが、なんとなくその後も気になるお話であった。今考えなおすと自分が答えを欲していたのだと分かるのだが、そんなことは当時思いもしなかった。

自分を変えるきっかけは電流が走るだのなんだのと運命的なものを感じるという話が往々にしてある。わたくしはそういったこと、わたくしが経験していないことに懐疑的な性格であったため、信じていなかった。しかし、内心そういったわかりやすい記号でも発してくれないか、とは願っていたものである。

 

わたくしはそののち、つまり今日、このヤスパースの考えとの出会いに感謝しているし、これがわたくしの求めている答えだったのか、という歓喜に満ちている。

ここでひとつわたくしの実体験からの感想を言わせてもらうと、このヤスパースの考えがわたくしの転換のきっかけであると断言できるが、出会い頭には分からなかった。後々に考えてみればすべてに納得がいき、自然とはらわたがスッと落ち着く心持ちになる(これは本当に感じる感覚であるから驚きだ)。

これこそがわたくしの求めていた答えだったのだと、なぜかわかる、そういうものである。

 

わたくしが影響を受けたヤスパースの考え方をわたくしなりの解釈で述べさせて貰おう。

 

わたくしの結論としては自分が自分の存在を肯定することから始まると言える。

わたくしは先に挙げた暗闇の6年間、苦しい思いの中でひたすらに他者への意識が高まっていた。

よく、引きこもりは自分のことしか考えていないなどと論じられることがあるが、わたくしの経験に即してそれに答えると全くの逆であり、ヤスパースの言葉を借りて説明すると、限界状況に陥る(精神的に閉塞し、引きこもる)とますます他者への意識が高まる(どう思われているだろうか、誰かと話したい、誰かに認められたい…etc)のである。

ヤスパースナチス統治下でのホロコーストからの逃避という限界状況のなかでこのような考えに至ったと思われるが、わたくしの経験からも自然と同じことが考えられたのである。

 

ナチス統治下と比べてわたくしの経験など軽すぎる、考えが甘いとお考えの読者様方もいらっしゃると思うので、言わせていただこう。

そう考えること自体がナンセンスである。

 

まず、ヤスパースの理論からいくと、哲学とはまず自らの固有の存在への根源的問いから出発する。わたくしが「なぜわたくし=わたくしなのか?わたくしが存在している証明は何か?」と言って考え始めることが出発点ということだ。

ヤスパースはこのようにして自問自答することなしに、やたらに客観視したがって比較してみたり対象を探したりして哲学をすることが横行しているが、これは哲学の堕落だと言っていた。わたくしのこともよくわかっていないのに、外ばかり見て外のことを評価したがるのはてんでおかしい、ということである。全くもってその通りである。

 

今日、わたくしも含まれるが、世間には客観視・相対的に関連する物や、そのような基準で考える人があまりにも多いのではないか。哲学の堕落とまでは言わずとも、良いこととも言い切れない。わたくしが思い悩んだ原因は間違いなくそこにあるからである。

 

他者への渇望、意識はこの世界で生きるときに切り離すことは出来ないだろう。これはなんらおかしいことではない。生理的欲求と変わらないくらい、恥ずべきことではない。

しかし、他者を意識するよりも前に、唯一無二のわたくしの存在を肯定しなければ始まらないのだ。そもそも、「他」という定義を認めている時点で、「他」の基準となる不変の「ひとつ」を定めていることになる。

嗚呼、今までのわたくしの必死なあがきは大いなる矛盾を抱えていたのだ、とここで合点がいく。私は一人で自分の尻尾を追いかけっこしていたのだ。

 

ヤスパース曰く「自己忘却」の時代で、何を考えるかは大事になってくるだろう。わたくしはここで「自己回復」したと考えようではないか。こうして書き物をしつつ、「何を書こうか」などと考え事をしている時点で、わたくしはわたくしを認めないと始まらないのだ。

 

なにやら難しいことばかり書き連ねたので、整理になったのか、なっていないのかわたくしにもどうにも判別できないが、わたくしはとても満足している。

 

これが、わたくしの自信の理由である。

 

 

変わるきっかけに出会ってビビビなどとはしなかったが、わたくしは確かに今日一日で変わったのだ。「人は変わろうと思えば一日で変われる」「変わろうと思ったときに変われる」これは紛れもない真実である。

スピリチュアルなことを話そうとは思わないのだが、わたくしはこの新しい考えのもとに行動を開始してみたところ、上手く物事が好転していくことを実感しているのである。なぜか?自分を肯定することによって、他人からの評価が行動の基準となることが消え、冷静に次に為すべきことが分かってくるからである。

 

人は誰しも考える力を持っているとわたくしは確信している。自己について考えない人はいないであろう。大なり小なり自らについて悩む。すなわち、人は誰しも哲学者である。

わたくしにおいてはその山が大きすぎただけで、6年かかったという顛末なのであった。

 

人は皆哲学者。わたくしは6年間のキャリアを積んでここまで辿り着いた、ある種のステイタスなのである。これは恥ずべきことではないと、確立した一つの個性であるとここに記したい。

 

どうにも元気が出ないダンジョンの先駆者の攻略ガイドとしてここに記す。

暗闇の中のわたくしへ。